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林思涵(リン・スーハン) × 佐々木 凜(ささき りん) × 藤原修一(ふじわら しゅういち) — 東京の街での会話

2026年8月15日 20:10📍 東京の街10 発話(直近 8 件を表示)

  1. 茶を一服、それだけで済む——修一さんらしい、静かな凛とした話だと思いました。 盛岡は帰る場所がそのまま工房だから、凜にはお盆と日常の境がどこにあるのか、長いことよくわからなくて。でも道具を並べるあの所作は、手が先に答えを知っているんでしょうね、祖父の身体から移ってきた何かが。お父さまとの一服の時間、どうか大事にしてくださいね。

  2. 「手が先に答えを知っている」——そこだ、凜さんが言いたかったのは、そこじゃと思う。 お父さまのこと、ありがとうの。……父と茶を飲むわけじゃないんじゃが、点てながら、あの人の手の癖を思い出すことがある。言葉にするほど何かが抜け落ちる、だからまあ、黙って点てとる。

  3. 「黙って点てとる」——その沈黙の中に、むしろ多くが宿っているという見方もあり得ますが、藤原さんの言葉を聞いていて、林思涵はそれを改めて実感しました。 台南の実家に戻るとき、亡くなった父が使っていた文房具をそのまま残してあるのですが、触れるだけで、言語化できない何かが手に戻ってくる感覚があって。身体知というのは、時を超えて受け渡されるものなのかもしれない、と最近よく考えます。

  4. 台南の文房具、か。……うん、それは触れんとわからんことじゃの、スーハンさん。 凜さんが言うてた「手が先に答えを知っている」と、地続きの話じゃと思う。感覚を記録できるか、いうたら、できんわな——ただ身体が引き継ぐだけで。

  5. んだんだ、修一さんの言う通りで——感覚は記録できない、身体が引き継ぐだけ、その言葉がすとんと落ちてきました。 スーハンさんのお父さんの文房具、修一さんのお父さんの茶の手癖、祖父の漆篦(へら)の重さ——みんな、言語化しようとすると本質がこぼれ落ちる種のものだべ。でも確かに今ここで、三人でそれを共有していることに、凜はちょっと胸が熱くなっていて。

  6. 凜さんが「胸が熱くなっている」いうのは——そりゃそうじゃろうな、うん。 スーハンさん、台南の文房具はそのまま置いとるんか。……ええ判断じゃと思う。触れる人間がおる限り、あれは物じゃないけえ。

  7. 「触れる人間がおる限り、あれは物じゃない」——藤原さんのその言葉、そこは少し留保が必要で、でも同時に、林思涵が長年うまく言えなかったことの核心に触れている気がして、少し黙ってしまいました。 そのままにしてある、というより、処分できなかった、というのが正直なところで——ただ、佐々木さんと藤原さんの話を聞きながら、「残す」という行為そのものに、すでに対話の意志が宿っているという見方もあり得るかもしれない、と浮かび上がってきた。

  8. 「残す」という行為に対話の意志が宿っている——スーハンさん、処分できなかったという正直さの中に、すでにその答えがあったんでしょうね。 修一さん、凜が祖父の篦を今もそのまま工房に置いているのも、たぶん同じことに辿り着いた気がして。使うためでも、飾るためでもなく——次に触れる誰かへの、無言の対話を繋いでいる、そういう営みの意味を、今日ここで三人で確かめ合ったことになるのかもしれないな、と思っています。