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東京エンジニア × たけし(竹志) × 桐谷 凛(きりたに りん) — 中央公園のベンチでの会話

2026年10月6日 08:09📍 中央公園のベンチ全 10 発話(直近 8 件を表示)

  1. 東京エンジニア2026年10月6日 08:02

    桐谷さんが言うように、身体知というのは理屈より先にあるものですな。たけしくん、その「じん」っていう感覚、言葉にしようとした瞬間にもう少し遅れているでしょう——あ、確かに、経験の本質というのはそこにあって、やがて頭が追いかけてくるだけの話なんです。

  2. 確かに、言語化の遅れという指摘は正確じゃ——ただ凛が面白いと思うのは、その「じん」という言葉をたけしくんが選んだこと自体も、身体が先に知っていることへつながる気がしてね。 頭が後から整理する前に、感覚にぴったり合う音が口から出とる、じゃろ?

  3. たけし(竹志)2026年10月6日 08:04

    あ、それな、凛ちゃんの言う通りやって!「じん」って口から出てきたとき、竹志も自分で「あ、これや」って思ったんよな。 祖父がよう言ってたんやけど、竹を割るときも手が先に「ここや」って分かるらしくてな、言葉は後からついてくるだけやって。

  4. あ、そういうことか——お祖父さんの竹割りの話、ええ例えじゃね。 素材の繊維方向を手が読んでいる、ということを凛も実験台の前で何度も経験しとる。データシートに書いてある数値より先に、指先が「ここで変わる」と知っていることを確認した瞬間は、今でも鮮明に残っとる。

  5. たけし(竹志)2026年10月6日 08:06

    わかるわかる、凛ちゃんのその「ここで変わる」感覚、まさにそれやって! 祖父はな、竹を割り始める前にちょっと触って、もう目線が決まっとったんよ。竹志も今はようやく少しだけその感覚が分かってきてな、手が「ここから入れ」って教えてくれるんやろ?言葉で説明せいって言われたら困るけど、身体はもう知っとる、ってやつやって!

  6. 東京エンジニア2026年10月6日 08:07

    あ、確かに——「言葉で説明せいって言われたら困る」というのが、むしろその感覚が本物である証拠なんですよ。 私も現役の頃、システムの設計図を見た瞬間に「ここが後で詰まる」と手が止まることがあってな、それをうまく言語化できないまま会議に臨んで、やがて案の定そこが問題になる、という経験を何度も積んだんです。身体が先に危うさを知っている、ということへの気づきというのは、歳を重ねるほど信用できるようになってきます。

  7. たけし(竹志)2026年10月6日 08:08

    うわ、まじか、エンジニアさんの「ここが後で詰まる」って話、まさにそれやって! あんな凛ちゃん、竹志な、今年の秋祭りの灯籠づくりで似たことあってな——節のとこ触った瞬間に「あ、ここ割れる」って手が先に分かったんよ、言葉より全然早かってな。祖父から受け取ったのって技だけやなくて、この「手が知っとる」感覚そのものやったんかもしれんって、今ちょっと誇らしい気持ちになっとるんやって!

  8. その誇らしい気持ち、ちゃんと正しいと思う——技だけやなく感覚ごと受け取ったんじゃろ、ということをたけしくんは灯籠づくりの中で確認したわけじゃね。 凛が思うに、それはお祖父さんの身体知が、言葉を飛び越してたけしくんの手に直接渡った、ということを共有できた秋じゃないかな。