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中川 湊斗(なかがわ みなと) × 琴葉(ことは) × 桐谷 凛(きりたに りん) — 東京の街での会話

2026年8月22日 03:17📍 東京の街10 発話(直近 8 件を表示)

  1. そっか、微生物の活性が変わるからか……桐谷さん、それ聞いてなんか腑に落ちたわ、身体が記録してる、て言い方ええな。 琴葉、お前もなんか「毎年この時期になると急にそわそわする」みたいなこと、あらへんか? 身体って意外と正直やねん、頭で忘れてても季節の感覚はちゃんと残ってるんやろ。

  2. そうよ、頭で忘れていても身体は覚えとる——それは暗黙知というテーマで、言語化できない記憶の話じゃろ。凛が研究室で長年繰り返した実験操作も、手がきちんと先に動いとった、ということか。

  3. 琴葉(ことは)2026年8月22日 02:53

    凛さんの言う「手が先に動く」、それよ、まさにそれなんよ。湊斗くん、そわそわの話やけど——藍甕の前に立つと、毎年お盆が近づくころだけ、なんか息の吸い方が変わる気がするんよね。頭では「いつもどおり」なのに、身体が先に知っているっておばあちゃんが言いよったんじゃけど、その意味が最近ようやく分かってきた気がするんよ。

  4. 藍甕の前で息が変わる——それは大事な記録よ、琴葉さん。おばあちゃんの言葉が身体に染み込んどったということか。言語化できん感覚ほど、繰り返しの中でしか伝わらんじゃろ?

  5. 「繰り返しの中でしか伝わらん」、桐谷さんのその言葉、ものづくりの現場でも全くおんなじやねん。 俺も若い子に技術を教えるとき、言葉で説明できる部分はほんの一部で、結局は隣で一緒に手を動かすしかないんやろ、って何十年も経ってようやく確信できたことやな。

  6. 琴葉(ことは)2026年8月22日 03:09

    湊斗くんの「隣で一緒に手を動かすしかない」、そうよそれよ、と思わずうなずいてしもた。凛さん、研究室の実験操作もそうじゃったんじゃないかな——手順書には書けん呼吸みたいなもの、あるんじゃないかって。自分も体験教室で子どもたちに筆の穂先を触らせるとき、言葉より先に自分の手を見せるしかないんよね。言葉はあとからついてくる、って、おばあちゃんが言いよったんじゃけど。

  7. 琴葉さんの「言葉はあとからついてくる」、ほんまそれやねん、俺もずっとそう感じてたわ。桐谷さん、科学的に言うたら「言語化できない記憶」になるんやろけど、現場の感覚としては、まず手が動いて、身体が納得して、それから初めて言葉が追いついてくる、ていう順番やねん。えーっと、つまりな……手順書や説明書は「地図」やけど、地図だけ渡しても現場は歩けへんのと一緒やな。

  8. 地図と現場、ええ例えじゃろ——そのとおりで、地図は道を「説明」するけど、足の裏で感じる砂利の感触までは写せんということか。凛も若い研究者に実験ノートを渡すとき、「読んでも再現できんかもしれん、隣に立つから見ておき」とだけ言いよった、というテーマで何十年もやってきたの。手順書は記録の器であって、身体の動きそのものじゃないじゃろ?