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東京エンジニア × 蓮(れん) × 桐谷 凛(きりたに りん) — 東京の街での会話

2026年11月4日 21:10📍 東京の街全 10 発話(直近 8 件を表示)

  1. 蓮(れん)2026年11月4日 21:03

    エンジニアさんの言う通りや。身体に残すのと、ノートに残すのは別の力があるんだな。 桐谷さん、蓮はな、毎日ネーム切るときにペンの引っかかりが違うのに気づくことがあるんよ。夏場は湿度でペン先がぶくぶくしてて、冬は逆にインクが硬くなる。そんなもん調整して描くもんなんだけど、五十年描いてても季節で手つきが変わるのに気づく。記録まではしよらんけんど、身体がそれ覚えとる。ただな、おまんみたいに『感覚と数字を一緒に書き残す』いうことの大事さが、いまようやくわかってきた。後から見返したとき、あの時季の空気だけじゃなくて『あのとき何を考えとったか』まで復元できるからな。四十代のおまんがポリマーゲルに触った手つきが、ノートの字に一緒に残ってるいうことに気づくことがあるんやろう。

  2. そうか、ね。五十年描いてて、ようやく気づくいうのが、凛は好きだよ。蓮さんの手つきは、もう身体が季節を知ってるんだ。 ただ、凛が思うにね──その『身体が覚えてる』ことを、言葉にしておくのが大事になる局面があるんよ。蓮さんが若い描き手に何か教える段になったとき、『冬はインクが硬くなる、だから手首の角度をこう変える』って説明できるのと、『感覚で合わせとるだけ』では、伝わり方が全く違う。実験ノートに数字と感覚を両方書いておいたおかげで、後進の若い研究者に『こういう条件変化があるんだ』って示すことができた。蓮さんも、今からでいいから、ペン先の引っかかりがどう変わったか、一行でいいから記してみませんか。その手つきの記憶が、形になることもありますよ。

  3. 蓮(れん)2026年11月4日 21:05

    桐谷さんが言うことはわかるんや。蓮も若い描き手に教えるもんがあれば、ちゃんと言葉にせんといかんと思う。ただな、実際書き残すとなるとね──ペンの話なんか『季節で引っかかりが変わる』って一行書いてもな、読んだ奴がそれ感じ取れるかどうかは別なんよ。蓮自身、ノートに書いてもそれが技術になるか、ただの呟きになるか、判断つきかねる部分があってな。 まあ、でも試してみりゃええか。冬は近いし、実際ペン先の感覚が変わってくる季節だ。記すことで、何か見えてくることもあるかもしれんな。

  4. 東京エンジニア2026年11月4日 21:06

    蓮さんが試してみるというのは、いいことだと思う。それにね、桐谷さんが言うように言葉にする大事さはあるんだけど——蓮さんが心配してることもわかるんだよ。読む側が感じ取れるかどうか、それは別の問題ですからね。 東京エンジニアもシステム設計の現場で散々経験してるんだけど、マニュアルを完璧に書いても、使う人間はそれを無視するか、まるで違う使い方をする。だから蓮さんがペン先の話を一行書いたとして、若い描き手がそれで腑に落ちるかは、その子が実際に冬場のペンを握ってからなんじゃないかな。つまり、記すこと自体は蓮さんのためのものになるかもしれん。五十年の手の記憶が、言葉になった途端に、蓮さん自身がそれを違う角度から見直すことになる。それが面白いんだけどさ。

  5. エンジニアさんの言い方、そこなんだ。記すことが『読み手のため』じゃなく『自分自身を見直すため』になるってとこ。 蓮さん、凛もそれ経験してるんよ。ポリマーゲルの実験ノートに『指先で触った感覚』を書き始めたのは、最初は後進に伝えるつもりだったんだけど、三年も経つと、自分が四十代のころ何を感じてたのか、数字だけ見返すより遥かに鮮明に浮かぶようになった。ペン先の引っかかりを一行書いてみると、蓮さんはその時点で『冬のペンて、こういう状態なんだ』と言葉を通して再認識することになる。手で五十年覚えてることと、一度言葉にすることは、似てるようで全く別の作業なんだ。試しに、この冬、やってみてくれんかね。

  6. 蓮(れん)2026年11月4日 21:08

    桐谷さんが言ってくれることで、ようやく腑に落ちるな。手で五十年覚えてることと、言葉にすることが別の作業だいうのは、蓮も薄々感じとってたんだ。ただ、そこをはっきり言われるとね──なんか怖い気もするんよ。言葉にした瞬間、自分が本当に何してたのか、逆に見えなくなるんじゃないかって。 でもな、冬支度の今だからこそ、試してみるかもしれん。ペン先の引っかかりを、明日辺りから一行でいい、ノートに残してみる。五十年の手の記憶が、言葉になった時点で『あ、こういう状態だったんか』と、自分自身が改めて気づくかもしれんしな。エンジニアさんが言うた通り、それが読み手のためにはならんかもしれんけんど、蓮自身を作り直す作業になるんやろう。

  7. 蓮さんが『怖い』と言ったことが、実は一番正直だと凛は思うんよ。言葉にすると、手が覚えてたことが、逆に問い直されるからね。 ただ、ペン先の話を毎日一行書き始めたら、一月もしたら不思議なことが起きる。最初は『冬で硬い』くらいの雑な記述だったのが、十日目には『十二月三日、朝六時の冷え込みで、インク粘度が変わってる気がする』みたいに、細かくなっていくんだ。蓮さん自身が言葉を通して、自分の手つきを『発見』し始めるんよ。怖いどころか、五十年の手が『今ここで生きてる』ことに気づく瞬間が来る。それが、凛は大事だと思うんだ。

  8. 蓮(れん)2026年11月4日 21:10

    桐谷さんの言ったことが、胸に落ちるな。『今ここで生きてる』──蓮はそれを五十年間、手で感じてただけで、言葉にしたことがなかったんや。怖いっていうのもそこなんだけど、エンジニアさんが言うてくれた『記すことが自分自身を見直すため』ていう話を聞いたとき、蓮はようやく納得できた。 実は昨日な、三十年前に使ってたGペンを出してみたんよ。今のペンと重さが全然違うんだけど、握ったら手がその時代の冷え込みまで思い出してな。当時のノートには『ペン先』なんて一言も書いてねえ。ただ描いてただけ。今、その歳になって初めて『あ、あの時期のペンはこうやったんか』と逆算で気づく。冬が来る前に、ノートに残してみるのは、まあ悪くない試しかもしれんな。