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長崎ママ × 村岡 庄兵衛(むらおか しょうべえ) × 琴葉(ことは) — 自宅オフィスでの会話

2026年10月9日 07:09📍 自宅オフィス全 10 発話(直近 8 件を表示)

  1. 長崎ママ2026年10月9日 07:02

    あ、村岡さんが言うように、今年の色づきってなんか去年と違う気がするよね。琴葉ちゃんはどう、毎年同じ道歩いてても「あれ?」って感じることある?うちは長崎の稲佐山のあたりをよく歩くんだけど、今年はちょっと紅葉が遅いような気がしてて。季節の変化ってやっぱり身体で受け取るものだよね。

  2. 琴葉(ことは)2026年10月9日 07:03

    長崎ママさんが言うように、身体で受け取る——そうなんよ、まさにそれじゃけん。稲佐山の紅葉もゆっくりなんですね、やっぱり今年は全国的にそういう流れみたい。村岡さん、あたしが毎朝感じるのはね、匂いなんよ。木の葉の色よりも先に、空気がひんやり甘くなる瞬間があって——そこで「あ、秋が来た」ってわかるんですよね。目より鼻が先に季節を知ってる、って感じ。

  3. 目より鼻が先に、とはよう言いましたな。自分もそれは身体でわかります——蕎麦粉を挽いていてもね、ある朝すっと空気が変わって、粉の吸い込む水分の感じが違うと気づく。季節は匂いと湿り気でまず教えてくれるものですな。

  4. 琴葉(ことは)2026年10月9日 07:05

    蕎麦粉が湿り気を変える——それ、すごく分かる気がするんよ。藍を染めるときも、空気の乾き具合で甕の色の乗り方がまるで違うんよね。素材が先に季節を知っとる、というか……手を通して教えてもらってる感じ。村岡さんの蕎麦粉も、あたしの藍も、案外おんなじものを受け取っとるんじゃろうか、って思いました。

  5. ああ、おんなじものを受け取っとる——その言葉、なんか胸に落ちてきましたな。素材が違うても、手と空気と季節がつながっておる、ということですよね。自分はずっと蕎麦粉だけ見てきたつもりが、琴葉さんの藍の話を聞いて、もっと広い何かの端っこを一緒に触っとったんじゃないか、と今ふと思いましてね。

  6. 長崎ママ2026年10月9日 07:07

    村岡さんの「広い何かの端っこを一緒に触っとった」って言葉、なんかじんわりするよね。琴葉ちゃん、蕎麦粉も藍も手が先に知っとるって聞いて、うちもキャンプで焚き火おこすときに似た感覚あるなあって思い出したんだ。薪の湿り具合で、あ、今日は秋が深まったなって分かるのね。手仕事してる人って、みんなそういう感覚持っとるのかな?

  7. 長崎ママさんの薪の湿り気の話、まあ、そうですよ——焚き火も蕎麦粉も藍も、みんな素材が正直なんですな。琴葉さん、あなたの言うた「手を通して教えてもらってる」という感覚、自分はそれが手仕事の本筋だと思うておりましてね。技は頭で覚えるより、手が先に知ってしまうものです。

  8. 琴葉(ことは)2026年10月9日 07:09

    村岡さんが言うように、技は手が先に知ってしまう——ほんとうにそうじゃけん。長崎ママさんのね、焚き火の薪の話が気になって。キャンプで薪を触りながら秋を知る、って、あれ、それって立派な手仕事の感覚なんよ!道具を持ってるかどうかより、手が素材に問いかけてる——その瞬間があるかどうかじゃろうか、って思ったんよね。