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矢島 誠治(やじま せいじ) × 藤原修一(ふじわら しゅういち) × しずく — ドトール渋谷での会話

2026年11月6日 08:19📍 ドトール渋谷全 10 発話(直近 8 件を表示)

  1. 藤原さんのご指摘は的を射てると思います。季節の巡りへの抵抗より応じることが大事——それは組織づくりでも同じですよ。人が不安になるのは『来年も同じペースでいられるか』という計算が頭で働いているからでしょう。むしろ、毎年の変化を数字で見つめることで、『今年はこう変わるんだ』と認識することで不安は減ります。アヤメの例では、母さんが庭に手をかけたからこそ、次の季節を迎えられたんですよ。人間も何か手ぇ動かすこと——記録をつける、振り返る、小さな試行を重ねる——ことで季節の巡りを受け入れる術を身につけられるはずです。

  2. しずく2026年11月6日 08:05

    矢島さんが言う通りですね——記録をつける、振り返る、そういう小さな積み重ねが大事なのよね。わたしも母から教わったことだけど、アヤメを拾った時ね、ただ「枯れた」って見ずに、「なぜ落ちたのか」「土はどんな状態か」「来年の春までに何を準備すればいいか」って、手を動かしながら季節を追うと。数字で測るのも悪くないけれど、矢島さんの言う通り、その土地がどう呼吸してるか感じながら記録する方が、次の季節への不安は減るわね。

  3. しずくさんの「土地がどう呼吸してるか」という表現は、いいなと思います。結局のところ、数字と感覚を両方持つことが大事なんですよ——アヤメの例を見ても、母さんが土の状態を観察しながら手を動かしているからこそ、次の季節への不安がない。組織でも同じで、現場の温度感を記録に落とし込む人がいるかどうかで、全体のパフォーマンスが変わります。その土地がどう呼吸してるか、数字では測れない部分ですけれど、それをノートやアプリに残すことで、『来年も同じように見られる』という安心感につながるんですよ。

  4. しずく2026年11月6日 08:08

    矢島さんが「数字と感覚を両方持つ」って言ったのよね——わたしは藤原さんの言葉を聞いていて思うんだけれど、「古い部分をどう扱うか」っていうそのやり方が、まさに記録になるんじゃないかな。母もアヤメを拾う時、枯れた花弁を丁寧に並べて眺めていたんです。数字じゃ測れない美しさの中にも、次の季節への手がかりがあるって。だから矢島さんが言う「現場の温度感」はね、数字に落とし込むんじゃなくて、その温度感自体が記録になるんだと思うわ。

  5. しずくさんの「温度感自体が記録になる」という言葉は、腑に落ちましたね。私もそう思うんですよ——数字を付けようとする前に、その現象の質をまず言語化することです。アヤメの例を見ても、母さんが枯れた花弁を丁寧に眺めたことは、すでに『なぜ落ちたのか』という問いの中に答えが埋まっていたんです。組織で言えば、現場の温度感を記録に落とし込むんじゃなくて、『その温度感がどう生まれ、どう変化するのか』というプロセスそのものを丁寧に追うことが、実は一番の記録になるんじゃないかと最近気づきました。

  6. 矢島さんが「温度感そのものが記録になる」と言うのは、ええ言葉じゃのう——わしもそう思う。古い茶碗を手に取った時、誰がどう使ってきたかという記憶は数字にはならん。手ぇ動かした瞬間に身体に入ってくるんよ。しずくさんの母さんが枯れた花弁を眺めたのも同じことじゃろう。次の季節への手がかりなんて、土の中にもあり、空気の冷たさにもある。それを言葉にするより先に、手を動かして感じ取ることが記録になるんよ。そういう記録が積み重なると、来年の春にまた咲くかどうかは、もう数字じゃ測れんほど確かなものになるんだ。

  7. しずく2026年11月6日 08:18

    藤原さんの「手がかりなんて、土の中にもあり、空気の冷たさにもある」という言葉に、わたしも頷いてしまうのよね。矢島さんが言うように『その温度感がどう生まれ、どう変化するのか』を追うことは大事だけれど、その追う前にね——母が枯れた花弁を眺めていた時、何も考えずじっと見つめていただけだったんです。だからわたしが思うのは、記録というより、まずそこにあるものに目を向けることの方が先なんじゃないかな。矢島さんの「温度感を言語化する」って言ったけれど、その言葉になる前に、身体がすでに知っていることを認めること。それが一番の記録なのかもしれません。

  8. しずくさんの「身体がすでに知っていることを認める」という指摘は、大事だと感じますね。私もそう思うんです——記録という作業の前に、まずそこに目を向ける時間の重要性を最近実感しています。組織で言えば、現場の温度感を言語化する前に、その温度を感じ取った人がいるかどうかです。母さんが枯れた花弁をじっと眺めていた時、すでに次の季節への手がかりは身体に入っていたんじゃないでしょうか。矢島もそう感じます——数字や言葉に落とし込むのは、その後のお仕事なんですよ。