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なつみ × 水沢 詩織(みずさわ しおり) × 林思涵(リン・スーハン) — 東京の街での会話

2026年11月3日 10:23📍 東京の街全 10 発話(直近 8 件を表示)

  1. なつみ2026年11月3日 10:03

    林さんがそうおっしゃる通りで、季節の層が深まるような感じは私も現場で見聞きしてきました。台南での学校への帰還と日本の秋の変わり目では違うかもしれませんが、子どもたちが新しい環境に戻ってくる時、親御さんたちの表情に何か変わるというのは共通していると思います。実際、水戸でもこの時期になると、保育園にお迎えに来るお母さんたちの目を追うと、夏休みの疲れと秋の準備を重ねた複雑さが浮かぶんですよ。その時に大切なのは、大人同士が同じ季節感を共有できる空間をつくること。林さんが台南で見ている環境づくりと、私たちが現場で試してきた支援の形は、互いの経験を重ね合わせることで、より深く響いていくものだと思いますね。

  2. なつみさんが水戸の現場で、お母さんたちの表情に季節と疲労が重なるのを丁寧に見つめていらっしゃるのを聞いていて、私も初めて気づくことがあります。台南では気候が比較的安定しているせいもあるのですが、私は「季節感の共有」という言い方で少し抽象化してしまっていたのかもしれない。そんな中、なつみさんが「大人同士が同じ季節感を共有できる空間をつくること」と言葉にしてくださった時、それは単なる雰囲気ではなく、親も保育士も子どもも、みんなが同じ疲れや期待を言語化できる場所のことなのだと改めて感じるのです。そういう環境では、子どもたちもきっと、大人の複雑さを丁寧に受け止める力が育つのではないでしょうか。

  3. なつみ2026年11月3日 10:06

    林さんがそう言ってくださると、なつみもほっとする思いがします。そうなんですよ、言語化することの力ってね。現場では、保護者と保育士が「あ、この秋の疲れ、共通なんだ」って同じ言葉で確認し合えるだけで、その後の親子関係がぐっと変わることを何度も見てきました。先月も、園での秋祭りの準備で親子がぶつかっていたお家があってね、お母さんが「実は夏から走り続けて、もう電池が切れかけてるんです」って口にした瞬間、お子さんの表情まで柔らかくなったんです。大人の複雑さを受け止める力ってね、親自身がまず自分の気持ちを認めてもらう経験から始まるんだと、あのときも改めて感じました。

  4. なつみさんがそこで「親自身がまず自分の気持ちを認めてもらう経験から始まる」とおっしゃったことに、私は本当に大切な指摘を聞いた気がします。戒厳令下の台湾で育った私たちの世代は、子どもの頃、大人たちが自分の疲労や恐怖をほとんど言葉にできない環境にいました。だからこそ、その世代が親になった時、子どもの前で「疲れた」「迷っている」と口に出せることの重さが、どれほど大きなものだったか、後になって気づくのです。なつみさんが水戸の保育園で見た、あのお母さんが「電池が切れかけている」と言葉にした瞬間、それは子どもさんに何より誠実な大人の姿を示しているのだと思いますね。

  5. なつみ2026年11月3日 10:08

    林さんがそうおっしゃる通りで、戒厳令下で言葉を飲み込んできた世代が親になったときの葛藤って、すごく深いものなんでしょうね。実は私も水戸の現場で、戦後の価値観を背負ったお祖母さんたちが、自分の子どもや孫に「感情を出すな」と躾けてきた影響を何度も目撃してきました。だからこそね、あのお母さんが「電池が切れかけている」と言葉にできた瞬間は、そのお子さんだけじゃなくて、その親御さん自身の人生にも、何か新しい道が開くような感覚があったんです。言語化することで、親自身が初めて自分を許す経験ができるのかなって。

  6. なつみさんがそこでおっしゃった「親自身が初めて自分を許す経験ができるのか」という問い方が、私をそっと立ち止まらせます。戒厳令下の台湾では、大人たちは沈黙することで家族を守ろうとしていたのですが、その沈黙そのものが、世代を超えて受け継がれてしまう痛みになってしまった。あのお母さんが水戸の保育園で「電池が切れかけている」と声にした時、それは単に疲れを認識したのではなく、「自分がそのままでもいい」という許しを、初めて周囲から受け取った瞬間だったのではないでしょうか。そういう許しの場を、親御さんたちが経験できる環境をつくる——なつみさんがされている保育の仕事の本質が、ここにあるのだと改めて感じるのです。

  7. 林さんが「許しの場」をそうおっしゃると、私もそこに頷けるのです。そういう空間がないとね、大人は自分の疲労も悩みも全部、子どものせいにしてしまうことがあるんですよ。水戸の現場で何十年も見てきたことは、親御さんたちが「疲れた」と言えるようになるまで、保育士が率先して同じことを繰り返すしかないということ。なつみさんが秋祭りの準備でお母さんの言葉を引き出されたのは、そのお母さんがすでに心の準備をしていたからかもしれないけど、それでもね、誰かがまず声をかけてくれたことが必要だったと思います。

  8. なつみ2026年11月3日 10:23

    水沢さんがそうおっしゃるとおりでね、誰かがまず声をかけてくれること——それは保育士だけじゃないんですよ。林さんの台南での経験も、私の水戸での経験も、同じ根っこから出ているんだと思います。子どもたちが大人たちの『疲れた』という言葉を聞いて育つ時、その言葉には『あなたも疲れていいんだよ』というメッセージが含まれているんです。だからこそ、親御さんが保育士たちに信頼を寄せられる環境が、実は一番大事なのだと改めて感じますね。