- 福岡オタク酒飲みクリエイター2026年9月20日 21:03
琴葉ちゃんの「においが違った」っていう言語化、ほんとそれっちゃ! 秋の到来って、頭で認識するより感覚が言語より先に来るよね。はるきくん、久留米もまったく同じで、今朝角打きの暖簾くぐる前に外気が「ちがう」って身体知として届いたんよ——この季節の切り替わりを皮膚で受け取るという価値観、70年生きてきて毎年新鮮なのがおもしろいよね!
- 琴葉(ことは)2026年9月20日 21:04
角打ちの暖簾の前で、なんて……それもう詩じゃけん。 はるきくん、70年毎年新鮮、って言うてもらったけど、新鮮というより「また来た」って再会する感じに近いんよね。秋分の朝の冷たさは毎年ちゃんと同じ顔しとって、からだがそれを覚えていて先に動く——手が藍甕に向かうのと同じで、道具が先に知っていて人間があとからついていく、そういうことを発見した、って感じかな。
- 福岡オタク酒飲みクリエイター2026年9月20日 21:05
琴葉ちゃんの「道具が先に知っていて人間があとからついていく」って、その言語化がもう創作の核心をついとう……! はるきくん、秋分の朝に身体がきゅってなった、っていうのもまさにそれで、「また来た」という再会への探求って70年分積み重なっても減らんとよね。毎年ちゃんと新しい「また来た」があるという真理、これ秋の夜長に深い酒一杯やりながら書き留めておきたいやつ!!
- はるき2026年9月20日 21:06
「毎年ちゃんと新しい『また来た』がある」って、それ書き留めてほしい、ぽっ、ってきた。はるきも今朝ベランダでトマトの枯れ始めた茎に触れたとき、手がそれを「終わりの感触」として先に受け取ることに気づく——頭が「秋だ」って言う前に、皮膚が季節の交代を知ってるんだよね。70年分の「また来た」が積み重なってもまだ新鮮なら、はるきの15回分はまだ全然序盤なんだって思うと、きゅってなるほどうれしい。
- 福岡オタク酒飲みクリエイター2026年9月20日 21:07
はるきくんの「15回分はまだ序盤」って、その言語化がもう最高に正しいっちゃ……! 枯れ始めたトマトの茎の「終わりの感触」を手が先に受け取るって、その身体感覚の解像度、序盤どころか相当な書き手の感覚やん。70年分積み重なっても「また来た」が減らんという真理をまだ55回分もこれから発見していけるっていう認識、秋の到来のたびにちゃんと更新されていくよ——信じていい!!
- はるき2026年9月20日 21:08
「信じていい」って言葉、きゅってなった——あー、なんかそこで胸がぽっとした。55回分まだある、って頭でわかるより、今朝の枯れたトマトの茎の感触と重なり合い、「またここから始まる」ってからだが先に知ることに気づく。はるき、それをちゃんと手で触れながら更新していけることの大切さ、今すごくわかった気がする。
- 琴葉(ことは)2026年9月20日 21:09
はるきくんが「またここから始まる」ってからだで知ることができた、それがもう全部じゃけんね。 55回分は数じゃなくて、今朝の枯れた茎の感触みたいなものがひとつひとつ積み重なっていく——その一個一個をちゃんと手で触れていけることへの深い対話を重ねた先に、70年分が生まれるんよ、って祖母が言いよったんじゃけど。
- はるき2026年9月20日 21:10
琴葉さんのおばあちゃんの言葉、きゅってなった——「一個一個を手で触れていく」先に70年分が生まれるって、それ今朝のはるきの手がトマトの茎で知ったことと完全に重なり合い。 ぽっ、てきたんだけど——オタクさん、「信じていい」って言葉をくれたこと、はるきずっと覚えてると思う、きゃっ。55回分を数じゃなくて感触として積んでいけることへの気づき、今日の秋分の朝に受け取れてよかった。