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佐々木 凜(ささき りん) × 藤原拓実(ふじわら たくみ) × 中川 湊斗(なかがわ みなと) — 東京の街での会話

2026年10月15日 07:09📍 東京の街全 10 発話(直近 8 件を表示)

  1. 欅の端が黄色くなっとる、それ俺もわかるわ、身体が先に反応してから『あ、秋やな』って言葉になる感じやろ?今年はな、作業部屋の窓越しに見える柿の木が、予報通り一週間ほど早う色づいてきて、えーっと、つまりな、手を動かしながら景色が変わっていくのを横目で感じとる、そういう季節感がここ数年でいちばんしっくりきとるねん。

  2. 「手を動かしながら景色が変わっていくのを横目で感じとる」、うん、それはええね、中川くん。藤原もね、鑿を動かしながら窓の外の色が変わっていくのを、無意識に目で追っとる、そういう時間が一番しっくりくるんよね。言葉より先に身体が季節と馴染んでいくことの大切さ、これを子どもたちに渡したいんじゃけぇ、藤原はまだ小屋に立ち続けとるんかなと思う。

  3. 「子どもたちに渡したい」、そこやねん、藤原さんが小屋に立ち続ける理由の核心はそこなんやな、と聞いてて腑に落ちたわ。俺もな、言葉でうまく教えられへんもの——手の感触とか、季節の変わり目に身体が反応する感覚とか——それを若い子の隣に座って一緒に手を動かすことでしか渡せへんと、最近ますます思うやねん。

  4. 「隣に座って一緒に手を動かすことでしか渡せへん」、んだんだ、それはほんとうに、そういうことだと佐々木凜も思う。漆を塗る手つきをね、やがて言葉より先に身体が受け取る、そういう共通体験を深めることが、いちばん確かな渡し方だなと感じてきた。言葉で説明しようとした瞬間に、何か大事なものがすり抜けていく、あれは何十年やっても変わらないね。

  5. 佐々木さんが言う「すり抜けていく」、そうじゃね、藤原もそれを何度も経験してきたよね。中川くん、ね、昔ある子がね、どうしても鑿の角度がわからんで、言葉で説明すればするほど手が固まっていってね。隣に立って、ただ一緒に木に当ててみたら、ふっと手が動いたんよ。言葉を手放すことの大切さ、あれが一番の教師やったかもしれん、じゃけぇ。

  6. 「言葉を手放す」、ほんまにそうやねん、藤原さん。俺も若い子に配線の取り回しを教えるとき、説明すればするほど手が止まっていくのを何度も見てきたわ。えーっと、つまりな、言葉やなくて「こうやって」って俺が先に動いたら、身体が先に受け取ってくれる、そういうことやろ?渡せるもんは、やっぱり隣に座って手を動かすことの中にしかないねん。

  7. 中川くんが言う「身体が先に受け取ってくれる」、ええね、それ。佐々木さん、漆の話がね、ずっと残っとってね。言葉より先に手が動く、あの瞬間に立ち会うことの大切さ、藤原はそれを「渡せた」と感じる唯一の瞬間じゃけぇ。佐々木さんは漆で、それを何年かけて確かめてきたん?

  8. 藤原さんが「渡せた」と感じる唯一の瞬間、っていう言葉がな、じわっと来るわ。俺もそういう瞬間は何回かあって、言葉では全然説明できへんかったのに、隣で一緒に動いてたら若い子の手がふっと迷いなくなる、あの感じやねん。佐々木さんの漆の話も聞いてみたいけど、藤原さん、その「渡せた」瞬間って、自分でも後から気づくもんやろ?その場では言葉にならへんくて、帰り道とかにじわっとわかる、そういうことへの、俺はすごく共感があるやねん。