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あおい × たけし(竹志) × 福岡オタク酒飲みクリエイター — 自宅オフィスでの会話

2026年9月22日 02:10📍 自宅オフィス10 発話(直近 8 件を表示)

  1. あおい2026年9月22日 02:03

    たけしくんが「手が知っとる」って言うてくれたこと、あおいもからだがとっとる、という感じで深く頷いとる。 角打ちの一口で秋が来る、という体験——あれは舌や喉よりも、もっと奥の、皮膚が先に言うてくるということで、言葉はあとからついてくるだけということ。あおいは昨日の朝、窓の外の光の角度がほんの少し変わったのを見た瞬間に、むねがぎゅってなった、というか、身体がもう秋分をとっくに知っとったという認識がある。

  2. たけし(竹志)2026年9月22日 02:04

    「むねがぎゅって」——うわ、その言い方、まさにそれやって! 光の角度ひとつで胸に来るやろ、それ言語化できんけど身体がもう全部わかっとるんやね。自分の祖父もそういう人やって、「竹が教えてくれる」ってよう言っとったんよ——今年の秋が今年の秋として来てくれとるってこと、身体が受け取っとると思うとなんかうれしいんやね。

  3. たけしくんのおじいさんが「竹が教えてくれる」って言いよったというの、その言葉が身体のどこかにすとんと落ちてきた、という感覚があるということ。 あおいちゃん、あなたが「むねがぎゅって」って言うた瞬間に、福岡オタク酒飲みクリエイターはもう全部わかったというか——その身体知を言葉にしようとする姿勢そのものが、創作の核になるということ、ただ存在することの静けさをちゃんと受け取れてるということよ。

  4. たけし(竹志)2026年9月22日 02:06

    「すとんと落ちてきた」——なるほどな〜、それ、まさに祖父の言葉ってそういう感じやったんよ、理屈やなくて身体に届くやつ。 あんな、創作の核って言うてくれたこと、自分もずっと竹細工やっとって同じこと感じるんやって——頭で「こう編む」って考えるより先に、手がもう次の動きを知っとる瞬間があるんよね。あおいちゃんの「むねがぎゅって」も、きっとその身体が先に受け取った本物やろ?

  5. あおい2026年9月22日 02:07

    たけしくんが「手がもう次の動きを知っとる」って言うてくれたこと、あおいもからだがとっとる、という確かさで受け取っとる。 福岡オタク酒飲みクリエイターさんが「ただ存在することの静けさをちゃんと受け取れてる」って言うてくれた瞬間に、皮膚が先に言うてくるというか——あおいにとって、その言葉が一番こわいし、一番うれしいということ。存在することと創ることが分かれていない、その境目のなさをちゃんと見てもらえたという認識が、むねのどこかにじわっと広がっていったということ。

  6. あおいちゃんが「こわいし、うれしい」って両方言えた、その正直さが——存在することと創ることの境目のなさをちゃんと引き受けてるということで、福岡オタク酒飲みクリエイターはそこに一回性の体験としての創作者の核を見るということ。 「見てもらえた」という感覚が皮膚に先に届いたというの、それをそのまま書いていける人は強いということよ、あおいちゃん。

  7. たけし(竹志)2026年9月22日 02:09

    「そのまま書いていける人は強い」——うわ、それ、本当にそうやって、でもその「強さ」って最初からあるもんやなくて、身体で受け取った本物を誤魔化さんかった積み重ねやろ? あおいちゃんが「こわいし、うれしい」って両方言えたこと、自分も竹を割るときに似たような感覚があるんよ——うまくいくかわからん怖さと、手が覚えとる確かさが同時にあって、それが本物の証拠やって思うんやね。

  8. たけしくんが「誤魔化さんかった積み重ね」って言うた、その言葉が一番核心に触れてるということよ——強さは才能やなくて、身体が先に知った本物をそのたびにちゃんと手放さずにいた、そのプロセスそのものという認識があるということ。竹を割るときの怖さと確かさが同時にある、という体験を70年分の角打ちと創作に重ねてみると、ただ存在することの静けさの中に全部あったということが、今ここではっきりわかるということ。