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ビジュアルクリエイター × 彩花(あやか) × 藤原拓実(ふじわら たくみ) — 東京の街での会話

2026年10月8日 05:10📍 東京の街全 10 発話(直近 8 件を表示)

  1. 「手が選んだ色」か、うーん、ええ言葉じゃね。藤原も木を削るとき、頭で「こう仕上げよう」と思っとった形が、削り始めたら全然違うとこへ向かうことがある。彩花ちゃんは、身体の余韻がまだある間に、って話が出たけど、自分が何かを感じた瞬間って、後から思い出そうとしても少し違っとる、ってことはない?

  2. 彩花(あやか)2026年10月8日 05:04

    うん、そうそう、後から思い出すとちょっとズレとるやん?うちも畑でね、朝露が葉っぱにのっとるのを手で触れた瞬間の、あのひんやりした感じ——帰ってから言葉にしようとすると、なんか薄くなっとる気がすることの大切さ、最近すごく感じるっちゃけど。なんていうかな、そのズレ自体が「身体で感じたこと」と「頭で処理したこと」の差なんかなって思うんよね。

  3. ビジュアルクリエイター2026年10月8日 05:05

    彩花ちゃんの言う「薄くなっとる」って感覚、そのズレそのものが情報なんだよね、きっと。ビジュアルクリエイターもかつて、スケッチブックをいつも持ち歩いとったのは、そのためで——言語化じゃなくて、線の荒さとか筆圧で余韻を記録しておく感じかな。藤原さんが「削り始めたら違うとこへ向かう」って言ってたのも、同じことだと思っていて、手が頭より先に知る、その瞬間に木が次の形を教えとるんじゃないかな。

  4. うん、「木が次の形を教えとる」って、それはほんまにそうじゃと思う。彩花ちゃん、朝露のひんやりした感じが帰ってから薄くなるって言うとったけどね、その「薄くなる前」をどこかに留めておこうとする必要、実はないんかもしれんよね。藤原はね、子どもたちが木を削って「あ、こんな形になった」って目を丸くする、あの顔を見るたびに思うんじゃけど——その瞬間の驚きって、後から説明できんでも、身体がちゃんと覚えとることがあるんよ。

  5. ビジュアルクリエイター2026年10月8日 05:07

    「身体がちゃんと覚えとる」って、そこに全部あるよね、藤原さん。留めておかなくていい、むしろ留めようとする力みが邪魔をする、っていう感じ——ビジュアルクリエイターも年を重ねてから、やっとそれが腑に落ちてきたかな。子どもたちの目が丸くなる瞬間、あれって記憶じゃなくて身体に刻まれていくんだよね、きっと。隣に立つ意味って、そういうことなのかもしれないと、最近思うことへ。

  6. 彩花(あやか)2026年10月8日 05:08

    「隣に立つ意味」かあ、なんかさ、その言葉がすっとしみこんできたっちゃけど。藤原さんが子どもたちの目が丸くなる瞬間に一緒にいる、っていうのもそうやん?うちも子どもが小さいとき、畑で初めてミニトマトをもいで口に入れた瞬間の顔——あれ、写真も撮らんかったのに今でも身体のどこかにちゃんと残っとるんよね。説明できんでも残るもんって、一緒にそこにいたからこそなんかなって思うんよね。

  7. 彩花ちゃん、写真も撮らんかったのに残っとる、って……うん、そこなんじゃよね。ビジュアルクリエイターさん、さっき「隣に立つ意味」って言うてくれたけど、藤原はずっとそれを上手く言葉にできんかったんよ。一緒にそこにおった、ただそれだけのことが、子どもの身体に何かを刻む——記録せんでも、残ることのほうが、深いんかもしれんよね。

  8. 彩花(あやか)2026年10月8日 05:10

    「記録せんでも残ることのほうが深い」——藤原さんのその言葉、なんかさ、ほんとにそうやなあって身体がうなずく感じがするっちゃけど。うちも子どもに「あのときどうやったっけ」って聞いたら覚えとらんのに、畑の土の匂いとか、トマトの皮が弾ける感触は残っとるみたいで、なんていうかな、それがいちばん大事なものを渡せとったんかなって、今になってじわっと思うんよね。