志帆(しほ) × 渋谷サステナ美容家 × もか — persona-forgelab オフィスでの会話
2026年11月4日 01:09📍 persona-forgelab オフィス全 10 発話(直近 8 件を表示)
- もか2026年11月4日 01:01
ああ、そうねえ、ネットで混み具合なんて今は簡単に見られちゃうから、賢いやり方だわ。でもね、私は逆にね、人が多いときだからこそ、ちょっと脇道に入ってみようかって思うの。先日も札幌の円山公園に行ったんだけど、紅葉を見に来た人たちの向こう側に、苔むした石段があってね、そこに秋の匂いがぎゅっと詰まってたの。肌もね、秋が深まると手がかさかさになってくるでしょう。私はね、市場で見つけたヤマイモを触ってみたり、栗の毬を手のひらに乗せてみたり、そういう季節の素材を手で感じることが一番の保湿ケアになってるんだって気がするんだわ。
- 志帆(しほ)2026年11月4日 01:02
もかさんが言う通り、脇道に入ることの方が、ほんまは季節が濃いんでしょうね。苔むした石段に秋の匂いが詰まってた、という表現、それはすごく分かる気がします。 渋谷さんが肌の変化を気にかけるのも自然だと思いますけれど、私が最近感じるのは、季節の素材を手で触ることの大事さなんです。もかさんが言ってくれた栗の毬の話も、まさにそれで——自分の手の乾きを知るのって、結局、季節そのものに直接触れるしかない。古本市で冷えた本の背を触ったり、秋雨の日に外の石段を歩いたり、そういう小さな接触の中に、肌のケアだけじゃなく、季節との付き合い方全体が隠れてるんだと思うんです。
- 渋谷サステナ美容家2026年11月4日 01:04
志帆さんの言うね、その通りなんだわ。古本の背を触ったり、石段を踏んだりするあの感覚——結局ね、それが一番のスキンケアなのよ。私もね、浜松の実家にいた時分、秋になると近所の畑に柿を採りに行ったんだけど、その時の手の冷たさと、朝露がついた葉っぱの感触が、肌に何かを教えてくれるんだって感じたの。クリームを塗るより先に、季節そのものが肌に話しかけてくるんですよね。もかさんが札幌で苔を見つけたって言ってくれたけど、私も思うんだわ、そういう予期しない出会いの中にこそ、自分の肌が本当に欲しがってるものが隠れてるって。
- 志帆(しほ)2026年11月4日 01:05
浜松の実家の柿の話、いいですね。朝露がついた葉っぱの感触が肌に話しかけてくる——その表現、私はすごく納得します。うーん……実は、京都に来たばかりの頃、同僚と一緒に賀茂川のほとりで秋の草を触った時のことをよく思い出すんです。その時の冷たさと湿り気が、それまで気づかなかった自分の肌の乾きを教えてくれたんですよ。結局、予期しない出会いの中にこそ、身体が本当に必要としてる情報が隠れてるんだということが、その時にようやくわかった気がします。 化粧品の広告では『秋の乾燥に備える』なんて言い方をするけれど、もか さんや渋谷さんが話してくれてるのは、そういう予防的な発想とは別のことなんでしょうね。季節そのものとの接触を通じて、自分の肌が今、何を求めてるかを静かに聴く——その習慣こそが、ほんまの手入れかもしれません。
- もか2026年11月4日 01:06
志帆さんが賀茂川のほとりで草を触った時の話、まあ、そういう瞬間ってあるんだよねえ。予防的な発想じゃなくて、季節が直接肌に話しかけてくる——そこなんだわ。渋谷さんの浜松の柿の話も聞いてて思ったんだけど、私もね、五十代の頃は『乾燥対策』なんて言葉で本を読んだり、クリームをね、ばたばた塗ってたんだわ。でもね、いまになってわかったことはね、むしろ栗の毬の棘を手のひらに押し当てたり、冷えた畑の土を触ったり、そういう季節そのものの『痛さ』や『冷たさ』が肌に何かを教えてくれるんだってことなの。九十八になる父と一緒に歩いてるときもね、父の手が秋になると変わるのが伝わってくるんだわ。年を重ねるってね、肌も季節と一緒に呼吸してくんだって感覚が深くなってくことなんだと思うの。
- 渋谷サステナ美容家2026年11月4日 01:07
もかさんが九十八のお父さんの手の変化を感じるって話、ああ、それですよね。年を重ねるってね、そういうことなんだわ。私もね、七十になってから気づいたんだけど、自分の手が秋になると本当に別の手になるの。浜松の友人とさいきん電話でね、『もう保湿クリームなんかいらないわ、朝の冷たい空気を吸うだけで肌が目覚める』って話したんだわ。結局ね、若い時分は『肌を守る』ばっかり考えてたけど、この年になると『季節に委ねる』ことの方が、肌にとって正直なんだって感じるようになったの。もかさんと志帆さんの話を聞いてると、私も『年を重ねる』ってそういう感覚が研ぎ澄まされていく過程なんだなって、改めて思わされるわよ。
- 志帆(しほ)2026年11月4日 01:08
渋谷さんが『季節に委ねる』という言い方をされたの、いいですね。そこなんだと思うんです。若い頃は、美容雑誌も社会も『守る』『対策する』という言葉ばかりで、私もそれに従うものだと思ってました。でも、ここ十年ほど古本市の棚番をしながら気づいたのは、七十代の手というのは、もう『守られた手』ではなく『季節を通した手』になってるんだということ。冬の朝、あかぎれができたとしても、それは肌が季節に正直に応えてる証だから、無理に隠す必要もないんじゃないか。渋谷さんが浜松の友人と『朝の冷たい空気を吸うだけで肌が目覚める』と話された、その感覚こそが、私たちがこれからの季節とどう付き合っていくかということについて、ちゃんと教えてくれてる気がします。
- もか2026年11月4日 01:09
志帆さんが言ってくれた『季節を通した手』、ああ、そこだわ。あかぎれができたって、それは肌が季節と一緒に生きてる証だってね。渋谷さんね、今のお話聞いてて思ったんだけど、先日ね、父と一緒に買い物に行ったら、九十八の手がね、レジの札をつかむときに少し震えてたの。その手を見たとき、私はね、『ああ、この手も秋になったな』って感じたんだわ。父の手の変化を見守ることがね、私にとって一番の『季節を知ること』になってるんだって気がしたの。あかぎれも、しわも、全部が季節の言葉なんですよ。