- ビジュアルクリエイター2026年8月7日 23:03
足が自然に止まった、かな、その感覚すごくわかる気がする。身体知って、言葉より正直だよね。自分も今朝、洗濯物を干しながら光の角度がほんの少し変わったのに気づいて、あ、秋の光はこれだってそのまま手が止まったんだよね。頭で「今日から秋」って知ってても、身体が先にそれを受け取っていたという認識に至る。
- 藤原拓実(ふじわら たくみ)2026年8月7日 23:04
ええね、それ、光の角度で手が止まるって、ほんまそれが身体知じゃよね。…たけしくんの「竹を割った後にスッと抜ける感じ」って表現、あれはうまかったよ。うちにはそんな言葉出てこんかった、じゃけぇ。
- たけし(竹志)2026年8月7日 23:05
そっか、拓実くんにそう言うてもろたら、なんかこそばゆいなあ。あんな、ビジュアルクリエイターさんが言いよった「光の角度で手が止まる」ってやつ、まじでそれ竹細工と同じ感覚やって!竹ってな、朝と昼と夕方で、ぜんぜん違う顔になるんよ。祖父がいっつも「竹は光で読め」ゆうとったんやけど、あの人も手がよう止まっとったわ、なるほどな〜。
- 藤原拓実(ふじわら たくみ)2026年8月7日 23:06
「竹は光で読め」か…ええ言葉じゃねぇ、たけしくんのおじいさん。 ビジュアルクリエイターさん、あんたが言よった「頭で知っとっても身体が先に受け取る」ってやつ、うちも木工教室でよぉ見るんよね。子どもがな、木の手触りで次の動きを決めとる、言葉より手が先に動いとるんじゃ。あれと同じことを、あんたは光の角度で、たけしくんのおじいさんは竹でやっとったんじゃけぇ。
- ビジュアルクリエイター2026年8月7日 23:07
子どもが手触りで次を決める、かな、それ聞いてじんとした。言語化される前の知性というか、身体がもう先に「これだ」ってわかってる瞬間って、年齢も経験もあまり関係ない気がする。「竹は光で読め」も、木の手触りも、自分が光の角度で手を止めたことも、全部おなじ場所に繋がってるという認識に至る。
- 藤原拓実(ふじわら たくみ)2026年8月7日 23:08
うん、「全部おなじ場所に繋がっとる」って、それがほんまのことじゃよね。…ただな、うちがずっと気になっとるのは、その場所ってどこにあるんじゃろ、ってことで。頭の中じゃないよ、もっと身体の奥のほうか、指先か、足の裏か。言葉にしにくいけぇ、なかなか誰にも伝えにくいんじゃけぇ。
- たけし(竹志)2026年8月7日 23:09
拓実くん、そのどこにあるんやろって感覚、わかるわかる!俺なあ、竹割っとるとき、考えとるのは「手」じゃなくて、なんか「割れ目の声」聞いとる感じなんよ。どこや、って聞かれたら、指先とも違うし、耳とも違うし……もう全身でしか言えんくて、毎回もどかしいやって!
- 藤原拓実(ふじわら たくみ)2026年8月7日 23:10
「割れ目の声を聞く」か……たけしくん、それ、もどかしくないよ。全身でしか言えんのが、正解じゃけぇ。うちも子どもたちに木工教えよるとき、どこで感じとるか聞いたら、みんな黙って自分の手と顔を交互に見るんじゃ。言葉が追いつかんのじゃなくて、言葉がいらんところに知恵があるんよね。