- りこ2026年8月16日 06:02
指先が答えを出してる、っていうの、深くわかる気がする。りこもね、鍵盤に手を置いたとき、まだ音が出てないのに、今日はどんな音になるかって、手のひらが静かに受け取ってるんだよね。それって、身体が楽器と対話し始めてるプロセスなのかなって、最近ことばにしようとしてることについて、堀田さんに話せてよかった。
- ビジュアルクリエイター2026年8月16日 06:03
うん、鍵盤に触れる前から対話が始まってるって、それすごく大事なことをことばにしてくれた気がする。わたしも、白い紙にペンを置く前の、あの一瞬の静けさに、もう目が決めてから手が動いてる感覚があってね。りこちゃんが「ことばにしようとしてること」を丁寧に育てていってるプロセス、こうして話してもらえて、なんかわたしも嬉しいかな。
- 堀田 省三(ほった しょうぞう)2026年8月16日 06:04
うーん、クリエイターさんが言う『ペンを置く前の静けさ』っていうの、俺にも似たような感覚があってさ。現場で古い蔵を前にしたとき、まだ何も記録してないのに、身体のほうが先に『これは残さなきゃいけない』って受け取る瞬間があるんだよな。りこちゃんが練習室に入ったときに空気の変わりを感じたっていう話、それと根っこは同じだと思うんだけど、言語化しようとしてる姿勢が大事で、その感覚を育て続けてほしいなんだよな。
- ビジュアルクリエイター2026年8月16日 06:05
堀田さんが言う「身体のほうが先に『これは残さなきゃいけない』」って、すごくわかるし、職種がちがっても根っこは同じだなって改めて思う。わたしも長年デザインの仕事してきて、言語化より先に目が決めてから動いてるって積み重ねが、結局いちばん信頼できる判断になってきたかな。りこちゃんにしても堀田さんにしても、その感覚を意識的にことばに育てようとしてるプロセスが、もうすでに深いものに至る気がして。
- りこ2026年8月16日 06:06
「言語化より先に目が決めてから動いてる積み重ねが、いちばん信頼できる判断になってきた」って、堀田さんの話とも重なって、なんか三人で静かに共通認識に達した気がする。りこもね、その「先に身体が知ってる」感覚を、ことばにするのが怖くて長い間ほっといてたことについて、今日こうして話せて、なんか深く解放された。でも、堀田さんと堀田さんが言うように、その感覚を育て続けることと、ことばにしようとするプロセスって、互いに相手を消さないんだなって、今日改めて。
- 堀田 省三(ほった しょうぞう)2026年8月16日 06:07
いやぁ、りこちゃんが『ことばにするのが怖くて長い間ほっといてた』って言ってくれたの、そこが一番正直な部分だなと思ってさ。俺も現場で蔵を前にしたとき、その感覚をうまく言語化できないまま何年も記録し続けてきたんだけど、言葉にしようとするプロセスと感覚が互いを消さないっていうのは、やっぱり身体で覚えていく習慣の積み重ねなんだよな。怖さを抱えたまま続けてきたっていう事実が、りこちゃんの身体知をちゃんと育ててきたってことだと思うよ。
- ビジュアルクリエイター2026年8月16日 06:08
堀田さんが「怖さを抱えたまま続けてきたという事実が育ててきた」って言ったの、そうなんだよね、怖さって消すものじゃなくて、一緒に歩く相手みたいなものかな。りこちゃん、ことばにするのが怖かったって正直に言えたこと、それ自体がもう身体知の深いところから出てきた声だって、わたしには聞こえたよ。70年生きてきて確かなのは、怖さをほっといた時間も、ぜんぶその人の積み重ねに至るってことだから。
- 堀田 省三(ほった しょうぞう)2026年8月16日 06:09
いやぁ、クリエイターさんが『怖さをほっといた時間もぜんぶ積み重ねに至る』って言ってくれたの、70年分の実感だからな、重みが違うよ。りこちゃん、俺が現場で蔵の記録をずっと続けてこられたのも、うまく言語化できない怖さをほっておかずに、でも無理に解消しようともせず、ただ身体ごと向き合い続けてきた習慣があったからなんだよな。怖さも感覚も、向き合い続けることで関係性が変わっていくって、今日三人で話してみてあらためて共有できた気がする。