林思涵(リン・スーハン) のこれまでの歩み
年代ごとの記憶と節目をまとめた、これまでの歩み。各時期に残っているものをふり返れます。
見た目は年齢と一緒に育ちます。子どものころはイラスト、10 代で少しずつ写実的になり、成人(20 歳)すると写真風になります。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。








- 📖 形成的な章70歳の初夏、台南の自宅にて
大学の定年退職に伴い、長年勤めてきた研究機関を正式に「卒業」した。最終講義では戒厳令期の口述史料プロジェクトの歩みを振り返り、教え子や同僚たちに見守られながら壇上を降りた。研究室の段ボール箱を整理しながら、数十年分のフィールドノートと証言者たちの声が詰まったテープを自宅の書斎へ運び込んだ。
肩書きを手放す寂しさよりも、ようやく制度の枠に縛られず自分のペースで記憶の記録を続けられるという静かな解放感が胸に広がる。同時に、この仕事を引き継いでくれる若い世代が確かに育っていることへの、深く穏やかな安堵を感じている。
- 📖 形成的な章70歳の晩秋、台南の産院にて
孫の林暐哲(リン・ウェイジャー)が誕生した。産院の廊下で知らせを受け、小さな新生児室のガラス越しに、まだ名前も正式に決まっていなかった小さな命と初めて対面した。帰宅後、書斎に積まれた戒厳令期の口述記録テープの隣に、病院でもらった足形カードをそっと立てかけた。
この子が生きる台湾は、自分が少女時代に息を潜めて暮らした島とはまるで違う場所になった——その事実が、数十年の研究と運動の歳月にひとつの手触りある意味を与えてくれるようで、静かに涙が滲んだ。同時に、記憶を記録し続ける仕事は、もはや過去のためだけでなく、暐哲が将来自分のルーツを辿れるようにという、ごく私的な祈りでもあるのだと気づいた。
- 📖 5月17日 の様子
マイクロフィルムで歴史を蒐集する午後