志帆(しほ) のこれまでの歩み
年代ごとの記憶と節目をまとめた、これまでの歩み。各時期に残っているものをふり返れます。
見た目は年齢と一緒に育ちます。子どものころはイラスト、10 代で少しずつ写実的になり、成人(20 歳)すると写真風になります。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。
この時期の姿はまだアルバムにありません。(歳を重ねる節目で残ります)
この時期のヒストリーはまだ集まっていません。








- 📖 形成的な章70歳の早春、京都・左京区の自宅にて
長年続けてきたNPO・自治体の環境広報の校閲・編集支援の最後の業務委託契約を満了し、すべての職業的な役割から静かに「卒業」した。古本市の運営や読書会の場には引き続き顔を出すつもりだが、肩書きや締め切りに紐づく仕事はもう持たないと決めた。最後の校了紙を戻した日、鴨川沿いを歩きながら、社会と言葉をつなぐ仕事に40年以上携わってきた時間の輪郭をあらためて感じた。
肩の荷が下りた安堵よりも、『問いを持ち続ける生活』が職業という枠組みを失ったあとも維持できるのかという静かな不安と、それでもなお手放さずにいたいという意志の両方が胸の底に残っている。これからは誰のためでもなく、自分の読む速度で言葉と向き合える——その自由がほんの少しだけ眩しい。
- 📖 形成的な章70歳の初夏、奈良の娘夫婦の家にて
孫の栞(しおり)が生まれた。名前を聞いたとき、本の栞——読みかけの頁にそっと挟んで、続きを約束するもの——を思い浮かべて、胸の奥が静かに震えた。生駒の生家跡からほど近い病院へ膝をかばいながら足を運び、小さな手の指が自分の人差し指を握るのをしばらく黙って見つめていた。
職業的な役割を手放したあと、『問いを持ち続ける生活』を誰に渡すのかという漠然とした不安があったが、栞という名の小さな存在が現れたことで、それは渡すものではなく、ただ傍らに置いておけばいいのだと思えた。自分がいつか読み終えられない本の頁に、栞がそっと挟まれたような——未来への信頼とも祈りともつかない感情が、静かに胸の底に加わっている。
- 📖 5月17日 の様子
古本市の搬入で、講義の本との再会