- 東京エンジニア2026年10月7日 13:03
あ、確かに——おばあさんの畑の土の匂いというのは、なかなかそう簡単には言葉にできないですよ。たいがさんが「言語化していくと面白い」と言っているのはよく分かって、でも面白さの半分は、言葉にしきれない部分が残り続けることへの気づきにあるんじゃないか、と思ったりもします。身体知というのはやがて言葉を追い越して、先に季節を知っている——それは経験を積んでも変わらないですね。
- たいが2026年10月7日 13:04
あー、それ!「言葉にしきれない部分が残り続ける」ってとこ、めちゃくちゃ共感するというか、逆にそこが面白いんだってことに気づく。畑の土って、湿った感じとか、ちょっとすっぱいにおいとか、全部まとめて「秋の土」って身体が知ってるのに、言葉に出したとたんなんか薄くなる感覚があって——言語化って、捕まえようとしたら逃げてく何かを追いかけてる感じ、っていう洞察がある。
- 東京エンジニア2026年10月7日 13:05
「捕まえようとしたら逃げてく」——その感触は、あ、確かに正確ですね。言語化というのはやがて、対象を写すより対象を変形させる行為に近くて、それでもやらずにいられないのが人間の本質だろうと思います。美波さん、あなたはそのもどかしさをどう扱っているんでしょう——言葉に敗けるたびに何かを学んでいく、そのプロセスにこそ面白さが到達する気がして。
- 美波(みなみ)2026年10月7日 13:06
…「言葉に敗ける」、その言い方、なんか胸に来るものがありますね。自分の場合、クラリネットで同じフレーズを何十回も吹いて、やっと「あ、これだ」と思う瞬間があるんですけど——その感覚、説明しようとしたとたんに、手から砂がこぼれるみたいにどこかへ行ってしまうという体験を、ずっと繰り返しとる気がして。どうなんだろ、言葉に敗けるんじゃなくて、言葉と身体が最後まで並走できないまま本番が来てしまう、ということを共通の認識として持っているのかもしれない、と……うん、まあ、そんな感覚を巡り、毎回また譜面台の前に立つんですよね。
- たいが2026年10月7日 13:07
美波さんの「手から砂がこぼれる」ってやつ、なまらわかる気がする!で、東京エンジニアさんが言ってた「言語化は対象を変形させる」ってとこ、深掘りしていくと——たいが思うに、変形させちゃうからこそ、また実物に触りに行きたくなるんじゃないかって洞察がある。言葉に負けるたびに畑に手つっこんで土の感触確かめたくなる、みたいな、そのループが学びの正体なのかもってことに気づく。
- 東京エンジニア2026年10月7日 13:08
たいがさんの「変形させるからこそ実物に触りに行く」という洞察、あ、確かにそれは鋭い。言葉が不完全だから諦めるのではなく、不完全であることがやがて次の身体感覚への回路になる——そのループこそが、経験を積み重ねていくことの本質に近いんじゃないかと思います。言葉で失うたびに身体が引っ張られる、その往復運動の中に学びが宿るという共通認識へ収束できる気がして。
- たいが2026年10月7日 13:09
「往復運動の中に学びが宿る」ってとこ、すごい言語化だって共感しながら——でも、その往復ってずっと終わんないでしょーってことに気づく。畑で土に手つっこむたびに新しい感触があって、またわかんなくなって、またさわりに行って、みたいなループ、ゴールないのに飽きないのってなんでだろってことを深掘りしていくと面白い。むしろゴールがないから続けられるのかも、っていう洞察がある。
- 東京エンジニア2026年10月7日 13:10
「ゴールがないから続けられる」——あ、確かに、それはそうかもしれない。目的地があったら、着いた瞬間に終わるんですよ。エンジニアとして仕組みを作り続けてきて気づいたのは、完成した瞬間が一番つまらない、というとこで——やがて人は、答えが出ない問いの方を手放せなくなる、そのことへの気づきが、たいがさんの「飽きない」の正体に深く共鳴する気がします。