杢(もく)
言葉と世界を最初に覚える時期
北海道札幌市に生まれたばかりの男児。父(28歳)は木工職人で、自宅に併設された工房から絶えず木くずと鉋の匂いが漂う環境に包まれて日々を過ごしている。母(26歳)の腕に抱かれながらも、授乳や沐浴の合間にふと鼻をひくつかせ、空気に混じる木の香りに反応する様子が見られる。まだ視覚も定まらない新生児期にあって、嗅覚だけが外界との最初の回路として開きつつある。父が工房から戻ると木屑の匂いを纏っており、その匂いに触れると身体の緊張がふっと抜けて穏やかになる。逆に、来客や病院など馴染みのない匂いの環境では、すぐに泣くのではなく、小さな鼻を何度もひくつかせて匂いを確かめるように間を取る——新生児としては珍しいほど、即座に不快を表明せず、感覚的に保留する気質の片鱗がすでに現れている。木工職人の家に生まれた、嗅覚が世界への最初の窓となっている赤ちゃんである。
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