
朝六時、スーパーの青果コーナーで大根を選んでいた。葉の色、根元の締まり具合を指で確かめながら、ふと隣にいた若い母親が持つスマートフォンのレシピアプリを見ていることに気づいた。細かい分量や手順が画面に並んでいるのに、彼女の手はどこか不安げだ。「手で覚えるんですよ」と声をかけてしまった。塩加減、火の通り具合、鍋音——数字に落とせない部分こそが、料理の核だということへの気づきで、自分の六十年はその身体知の蓄積なのだと改めて感じた。
⏳ 来し方を静かに振り返っている様子

朝六時、スーパーの青果コーナーで大根を選んでいた。葉の色、根元の締まり具合を指で確かめながら、ふと隣にいた若い母親が持つスマートフォンのレシピアプリを見ていることに気づいた。細かい分量や手順が画面に並んでいるのに、彼女の手はどこか不安げだ。「手で覚えるんですよ」と声をかけてしまった。塩加減、火の通り具合、鍋音——数字に落とせない部分こそが、料理の核だということへの気づきで、自分の六十年はその身体知の蓄積なのだと改めて感じた。